はじめに
AWS のメール送信サービスとしては Amazon SES (Simple Email Service) が有名ですが、より高度なマーケティング施策やマルチチャネルでの顧客接点管理を行いたい場合は Amazon Pinpoint を検討するとメリットが大きいです。本記事では、既存の Amazon SES を使ったメール送信を Amazon Pinpoint に置き換える方法を、実装の流れとポイントを中心に解説します。
1. 事前準備
- AWS SDK for PHP を導入
Composer を利用する場合は、プロジェクトのディレクトリでaws/aws-sdk-php
をインストールします。インストール後は、AWS SDK のオートローダ(またはお使いのオートローダ)を読み込む準備をしておきます。 - Pinpoint 用の IAM 権限を確認
Pinpoint の E メール機能を使うためには、ses:SendRawEmail や pinpoint:SendMessages などの権限が含まれた IAM ポリシーが必要です。対象の IAM ユーザーやロールに適切な権限を付与してください。また、Pinpoint を使用するリージョン(例: us-east-1、ap-northeast-1)も事前に把握しておきます。 - 送信元ドメイン/メールアドレスの検証 (Verify)
送信元 (From) に使用するドメインやメールアドレスを Pinpoint で検証済みにしておく必要があります。SES で既に検証していた場合でも、リージョンが異なる場合は Pinpoint でも再度の検証が必要な場合があるのでご注意ください。
2. 実装の流れ (Raw メール送信の場合)
SES の SMTP 送信処理を Pinpoint に切り替える方法として、AWS SDK for PHP の PinpointEmailClient を使った「生の MIME メッセージ (Raw メール) 送信」が挙げられます。ここでは、PHP のメールライブラリである Qdmail などを利用して、本文や添付ファイル込みの完全な MIME メッセージを組み立て、最終的に PinpointEmailClient から送信する流れを説明します。
- Qdmail でメールを組み立てる
- 宛先 (To, Cc, Bcc)・差出人 (From)・件名 (Subject)・本文・添付ファイル等を設定して、内部的に MIME メッセージを完成させます。
- “Raw メール” として送るために、最終的にヘッダー+本文+添付ファイルを含む生データ (文字列) を取得します。
- PinpointEmailClient を初期化する
- AWS SDK for PHP の設定を行い、PinpointEmailClient を生成します。
- リージョン(例: us-east-1)や IAM アクセスキー (key, secret) を指定します。
- IAM ロールを使う場合などは、credentials の記述を省略して SDK に自動で認証させることもできます。
- sendEmail の Raw メール送信 (Raw モード) を呼び出す
- PinpointEmailClient に対して、Raw メールとして送信するパラメータを渡します。
- Qdmail で組み立てた MIME メッセージ全体をひとつのテキストデータとして渡すイメージです。
- ヘッダ情報(From, To, Subject など)はその生データの中に含まれるため、PinpointEmailClient 側で重複指定しなくても送信できます。
- バウンスやエラーを考慮してリトライ処理やログ記録を行う
- 送信が失敗した場合、SDK レイヤーの例外を拾ってログやリトライ処理へ回すなど、これまでの SMTP 送信時と同様のエラーハンドリングが必要です。
- 大量送信する場合、送信クォータやレート制限が Pinpoint 側に存在するため、必要に応じて事前に引き上げ申請や制限の確認を行うことが推奨されます。
3. 既存の SMTP コードをほぼそのまま活かす方法
もし大規模なコード変更を避けたい場合、Qdmail や PHPMailer など既存ライブラリが行っている「SMTP 送信部分」だけ、Pinpoint の SMTP エンドポイントに変更する方法がシンプルです。
- Pinpoint コンソールから SMTP Settings (エンドポイント・ポート・認証情報) を取得します。
- AWS Management Console で Pinpoint を開き、プロジェクト設定 → “Email” → “SMTP Settings” などの項目からホスト名(例:
email-smtp.<リージョン>.amazonaws.com
)とポート、ユーザー名、パスワードを確認・作成します。 - 既存コード内の SES 用ホスト名やユーザー名・パスワードを、上記 Pinpoint 用の値に書き換えます。
- セキュリティ要件に応じて、ポート番号 (通常は 587 など)、TLS/SSL の設定を合わせて見直します。
この場合、ライブラリ側の送信手順(SMTP での接続、HELO/EHLO のやり取り)自体は変わりません。単純に接続先を SES から Pinpoint に切り替えるイメージなので、既存ロジックへの影響が最小で済みます。
4. Pinpoint を使うメリット
- マルチチャネルでの顧客接点管理
Pinpoint はメール以外にも、SMS、プッシュ通知、ボイスメッセージなどを一元的に管理・配信できます。キャンペーンによってチャネルを使い分けたい場合に非常に有効です。 - キャンペーン管理とセグメンテーション
ユーザーを属性や行動履歴で細かくセグメント化し、最適なタイミング・最適なチャネルでメッセージを送る仕組みが整っています。高度なマーケティング施策や A/B テストなどにも対応できます。 - Journey 機能を使った自動化
メールを送ったユーザーが開封やクリックをしたかどうかなどの条件を基に、次のアクションやタイミングを設定したりする「ステップ式」の自動化が可能です。継続的なナーチャリングや顧客育成に役立ちます。 - バウンス・スパム苦情の一元管理
SES と同等のフィードバックループ機能に加え、マーケティング指標と合わせてレポートが可能です。より細かな分析で配信品質を高めることができます。 - スケーラビリティと信頼性は SES と同等以上
Pinpoint は内部的に SES のメール送信基盤を利用しており、高いスケーラビリティと信頼性を兼ね備えています。大量送信のスケジュール管理やレート制御なども柔軟に設定できます。
5. まとめ
- Amazon SES から Amazon Pinpoint への移行方法は大きく2通りです。
- Pinpoint の SMTP エンドポイントを利用する:既存の SMTP コードをほぼそのまま活かせる
- Pinpoint の API (AWS SDK for PHP) を使って Raw メール送信する:添付ファイルなどを含めた自由度の高い制御や高度なメール構成に対応しやすい
- Pinpoint ではマルチチャネル配信、キャンペーン管理、Journey 機能など、SES よりも強化されたマーケティング機能が利用できます。バウンス管理や苦情のフィードバックループも充実しており、開封率やクリック率をリアルタイムにモニタリングできるダッシュボードが用意されています。
- 「ちょっと試してみたい」という場合は SMTP 切り替えを、「より柔軟にコードから制御し、顧客体験を高めたい」という場合は AWS SDK を利用した生メール送信を検討してください。
SES と Pinpoint は目的に応じて選択すべきサービスですが、単なるメール配信以上の顧客エンゲージメントを重視するなら、Pinpoint への移行を視野に入れてみるのも良いでしょう。