社長 末光正志のブログ

自動下書きウォーレン・バフェットの債券投資戦略:短期国債と資産防衛の哲学

はじめに

投資の神様ウォーレン・バフェット。彼の名を聞けば株式投資の達人というイメージが強いかもしれない。しかし近年、バフェット率いるバークシャー・ハサウェイは史上最大規模の現金・短期国債を保有し、投資家たちの注目を集めている。なぜ株式の大勝負師として知られる彼が、リターンの低い国債に巨額の資金を振り向けているのか。

その理由を理解することは、単に投資手法を学ぶ以上の価値がある。バフェットの債券、特に短期国債への投資戦略には、彼の投資哲学の本質が凝縮されているのだ。今回は、バフェットの債券投資に対する考え方と、そこから私たち一般投資家が学べる教訓について掘り下げていきたい。

バフェットの短期債券投資スタイル

3〜6ヶ月の短期国債へのこだわり

バフェットが好んで購入する債券は、主に3ヶ月から6ヶ月満期の短期国債(T-Bill)だ。彼は公の場で「来週月曜の唯一の問題は100億ドルで3カ月物か6カ月物のどちらの短期国債を買うかだ」と率直に語っている。この発言からも、彼が短期国債の中でも特に半年以内の超短期債を重視していることがわかる。

彼がこのような超短期債を選ぶ理由は単純ではない。金利変動リスクの最小化、流動性の確保、そして何より「いつでも別の投資に切り替えられる柔軟性」を重視しているのだ。バフェットは市場の急変に即座に対応できる態勢を常に整えている。

驚異的な規模の短期国債保有

バークシャー・ハサウェイの現金・短期国債保有額は2024年時点で3,342億ドル(約50兆円)に達している。この額は米国の短期国債市場の約5%に相当し、驚くべきことに米連邦準備制度(FRB)の保有額をも上回るレベルだ。一企業がここまでの規模で短期国債を保有するのは極めて異例と言える。

数十年にわたり株式投資で成功を収めてきたバフェットが、なぜここまで巨額の資金を短期国債に振り向けるのか。その背景には、現在の市場環境に対する彼なりの見立てがあるようだ。

バフェットの債券投資哲学の核心

「事業」としての債券投資アプローチ

多くの投資家が債券を単なる金利商品として見る中、バフェットのアプローチは一線を画している。彼は1984年のバークシャー・ハサウェイ株主への手紙で、債券投資を「特別な利点と欠点を持つ変わった種類のビジネス」と表現した。

一般的な投資家が利回りだけに注目するのに対し、バフェットは債券投資もビジネスの一形態として捉えている。つまり、キャッシュフローの安定性、リスク要因、将来価値の変動可能性など、事業評価と同様の視点で債券を分析するのだ。この「ビジネスマインド」こそが、彼の債券投資の特徴と言えるだろう。

「適切なタイミングでだけバットを振る」戦略

バフェットの投資哲学を一言で表すなら「タイミングが来たときだけバットを振る」だろう。メジャーリーグの名打者テッド・ウィリアムズになぞらえたこの考え方は、株式投資だけでなく債券投資にも一貫して適用されている。

株式市場が割高で、適正価格で買える優良企業が見つからない時期には、むやみに株を買わず、代わりに債券へと資金をシフトする。これはバフェットが繰り返し実践してきた戦略だ。「他人が貪欲なときは恐れ、他人が恐れているときは貪欲になれ」という彼の有名な格言も、この文脈で理解できる。

戦略的な現金管理ツールとしての債券

バフェットにとって短期国債は、単なる金利収入源ではない。むしろ、戦略的な資金管理の一環として機能している。彼は2023年のインタビューで「現金を使いたいのはやまやまだが、リスクがほとんどなく、私たちに大きな利益をもたらしてくれると思わなければ、使うことはないだろう」と述べている。

この発言は、バフェットが常に「次の大きな機会」に備えて資金を温存していることを示している。市場に大きな調整が訪れた際、躊躇なく大量の資金を投入できるよう、彼は常に準備を整えているのだ。短期国債はそのための理想的な「待機場所」なのである。

現在の市場環境とバフェットの選択

22年ぶりの債券シフトが示す警戒感

バークシャー・ハサウェイは2022年第4四半期以降、保有株式の売却を進め、現金・短期国債残高を積極的に増やしてきた。これは約22年ぶりの本格的な債券シフトであり、米国株式市場の先行きに対するバフェットの警戒感を如実に表している。

歴史を振り返ると、バークシャーが短期国債の保有を大幅に増やした後には、12カ月以内に株式市場の大幅調整が発生する傾向がある。2000年、2008年、2020年にも同様のパターンが見られた。果たして今回も同じシナリオが繰り返されるのだろうか。

現在の高金利環境がもたらす短期国債の魅力

2023年から2024年にかけての高金利環境下では、短期国債でも約5.4%という魅力的な利回りが得られている。リスクをほとんど取らずにこのリターンを確保できるという点は、バフェットにとって非常に魅力的だ。

「リスクがほとんどなく、大きな利益をもたらす」投資先として、彼は短期国債を選択している。この判断は、株式市場の割高感と相まって、短期的には非常に合理的な選択と言えるだろう。

バフェットの債券投資から学べる教訓

忍耐強くチャンスを待つ姿勢

バフェットは「無知を警戒せよ」と警告し、「相場の動きを漫然と期待して待つのは博打であり、忍耐強く待ち、シグナルを見いだした瞬間反応するのが投資・投機である」と考えている。

短期債券への投資は、より良い投資機会が現れるまでの忍耐強い待機戦略の一環と言える。私たち一般投資家も、むやみに市場に飛び込むのではなく、バフェットのように「適切な価格での投資機会」を忍耐強く待つことの重要性を学ぶべきだろう。

資産防衛の重要性

「投資の第1ルールは、絶対に損をしないこと。第2ルールは、第1ルールを忘れないこと」──バフェットのこの有名な格言は、彼の投資哲学の根幹を表している。

短期国債への投資は、この「損をしない」という原則を実践するための具体的な手段だ。市場が不安定な時期には、多少のリターンを犠牲にしてでも資産を確実に守ることを優先する。この防衛的な姿勢こそ、長期的な富の構築において極めて重要なのである。

市場サイクルの理解と先見性

バフェットの投資行動を分析すると、彼が市場サイクルを深く理解していることがわかる。短期国債への資金シフトは、彼なりの市場サイクル分析に基づく判断だ。

前述のように、バークシャーが短期国債を積極的に増やした時期の後には、高い確率で市場調整が訪れている。この点から、バフェットの現在の債券シフトは、今後の市場動向を暗示している可能性もある。

おわりに:私たちへの示唆

バフェットの短期債券投資戦略は、単なる安全資産への逃避ではない。それは彼の深い市場理解と長期的な富の構築に向けた戦略的な選択なのだ。

私たち一般投資家も、バフェットから多くを学ぶことができる。市場が熱狂している時こそ冷静さを保ち、時には「何もしない」選択肢を取ることの勇気。そして何より、投資の本質は「安く買って高く売る」というシンプルな原則に忠実であり続けること。

バフェットが現在、史上最大規模の短期国債を保有しているという事実は、私たちにとっても重要なシグナルかもしれない。彼の言葉を借りれば「他人が貪欲なときは恐れ」るべき時が、今まさに訪れているのかもしれないのだ。